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衝突のない人間関係は希薄なものであるという話

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仕事でも、プライベートでも誰かと衝突した経験はあるだろう。

「今回はA案をやるべきだ。なぜなら・・・。」
「いやいや、A案は○○なマイナス面がある。だから、今はB案にすべきだ。」

このような議論をすると、周囲は白けてしまう。そして、人によっては仲裁に入り、その場を落ち着かせる。

しかし、当事者同士はまんざらでもなく、満足気にしたいたりする。

そんな状況をご覧になった事はないだろうか。
「君子危うきに近寄らず」との諺があるが、衝突のない人間関係は希薄なものである。
一見、衝突は避けた方が良好な関係に見えるのだが、なぜ衝突をした方が良いのだろうか。

本日はそんな話。

(ブログ更新36日目)

 

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道路に立ち尽くすエランド。こいつに衝突すれば、ただじゃすまないだろう。

 



 

本音が言えずに卑屈になる

衝突を避けるため、本音を避けるようになったらその人間関係は終焉を迎えている。
いわゆる、諦めモードになってしまった状態だ。

「もう、何を言っても時間の無駄。とりあえず、合わせておけ。」

この状態で、優れた人間関係が築けるのだろうか。
完全なる「オワコン」状態なのである。

好ましい人間関係とは、衝突を繰り返し、時には相手を否定し、論破する事さえあるだろう。
しかし、それはお互いの主張の問題であり、それ以上でもそれ以下でもない。
相手の人格とは全く別問題なのだ。

いわゆる、生理的に合わない。と言う問題はさておき、
本音で言い合える仲にすらなれない人間関係は、希薄な関係と言わざるを得ない。

 

他人との違いを知る事は成長になる

世界の大富豪の23%を占めている「ユダヤ人」の格言にこんな言葉がある。

「全会一致の審決は無効」
いくら民主主義の精神から多数決を重んじても、全会一致にだけは、疑問を持たなくてはいけないというのである。

これは、ユダヤ人は個性を重んじる文化があり、その違いに誇りを持っている。
そのような精神の中で、全会一致する場合、何かの圧力があるのではないか。と考えるのである。

この考え方は、何もユダヤ人のみの考え方ではなく、誰でも同様なはずだ。

ある意見に関するメリットは、他の意見に関するデメリットにもなる。
物事を多角的に見れば、完璧な意見などない。
つまり、十人十色の視点で物事を見つめた際に、意見が合うわけがない。

しかし、会議だろうが、ランチのお店だろうが、なぜか全会一致でまとまる。
これは、他人の個性を認めているのではなく、妥協による思考停止の結果である。

何も考えず、妥協している人間関係は、希薄な関係と言わざるを得ない。

 

まとめ

周りになぜか最後まで折れず、正論を主張するいわゆる「面倒な奴」はいないだろうか。
確かに、正論ばかり言っていても物事は進まないし、正論が全て正しいとも思わない。
しかも、時間や体力まで奪われる。

表面上では、周りの意見に合わせ長いものに巻かれている人間の方が、良好な人間関係を築く事が出来るように思える。
だが、その人間関係は間違いなくハリボテにしかならず、小さなトラブルで破綻するだろう。

身の回りにいる、「面倒な奴」。

こちらの方が、深く、強固な人間関係を構築する事が出来る。

 

 

 

ただし、面倒な事には変わりないが。。。

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